11月4日(水)・・・新宮は 若葉書院と 名を定め 歩み出すなり 高野山へと

 午前中は、橿樹舎で機務(その時々に機を捉えて行う仕事のこと。私の造語です)。午後になって、新宮のヤングリーフハウスへ。先日来進めてきている室内の改造と整備の仕事を行った。大きな本棚を設置し、またここでの生活も可能になるように、設備を整えた。
 これから、ここで、思索と執筆に取り組んでいくことにしようと思う。言わば、橿樹舎が空海にとっての京都・東寺とすれば、ヤングリーフハウスが高野山だ。そんな思いを込めて、この建物の正式名を「若葉書院」とすることにした。

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11月3日(火)・・・ 文化の日 私にとりての 文化とは ただひたすらに 文を書くなり

 文化の日で国民の休日。とは言いつつも、在野となってからは、毎日が自由に使える時間となり、休日といってもとくべつの感じはなし。ただひたすらにOAK・TREEの原稿書きに取り組む。おかげで、12月号の原稿は、既に12ページ分を書き終えた。
 言わば、私にとっての文化とは、文を書くの省略形で、ブンカ(文書)ということか。まあ、頭によい汗をかきました。思い切り頭を使うと、とても爽快ですね。

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予算委の キャッチボールの その地下で 時代のマグマが 不気味に笑う

 衆議院の予算委員会が始まる。鳩山政権誕生後初の委員会の審議であるだけに注目を集めているようだ。中々興味深いやり取りもあった。しかし、何か物足りなさを覚えるところがあり、何故かと考えてみる。
 結局、今私たちが漠然と胸に感じている不安に対して、必ずしも的確な説明と対策の提示が行われていないということではないか。時代は、そして世界は大きく動いている。そのマグマの動きをもっと的確に把握することが大切ではないだろうか。政権発足間もないので仕方ないのかも知れないが、ちぐはぐなことが多い気がする。

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平成も サムライ月に 入るなり 諸国遊行の 松陰思う

 昨晩遅く、徳島県と香川県の萬花繚乱キャラバンから帰着。3日間の旅であったが、天候にも恵まれて快適であった。また、様々な場所を訪ね、いろいろな人に出会い、とても有意義であった。
 幕末期の志士たちもよく旅をしたという。吉田松陰も、青年期に多くの旅をして見聞を広めたという。その松陰、自らを二十一回猛士と称したらしい。考えてみれば、今日は、平成21年の11月1日。11月は、サムライ月とも言われる。松陰の武士道精神を胸に、これからも力強く歩んでゆきたいと思う。

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コンピューター  社会は随分  語ったが 自分でブログの アップも叶わず

 随分長い間、このイラ短コーナーをお休みしていました。
 その理由は、バッジを外して在野の政治をやるのだと粋がってみたものの、引っ越しやら、活動の諸準備やら、むちゃくちゃ忙しかったことが1つ。そして、皆さんをガッカリさせてしまうかも知れませんが、これまでこのコーナーのアップロードは、国会事務所の秘書皆さんにやって貰っていたので、私自身がどんなにやればいいのか、実は知らなかったという情けない状況でした。
 そこで、ようやく身辺が少し落ち着いて来たところで、秘書だった田丸さんにログインの仕方を教えて貰って、今日初めて、アップに挑戦しているという次第。
 私は、自民党でインターネット広報を立ち上げるときの責任者でしたし、初代マルチメディア局長も務めました。医者の不養生、紺屋の白袴などと、専門家ぶっている人が実はそのことに不熱心という様々な言葉があります。
まさに私もそうでした。
 とりあえず、今日はアップロードの実験。もう暫くしたら、本格的に立ち上げ直したいと考えています。
 明日から、徳島県、香川県へ、萬花繚乱キャラバンに行ってきます。

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永田町 イラ短日記も サヨウナラ すぐに赤ちゃん 産まれるけどね・・・・!

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7月の最後の日。国会議員として過ごした長い年月の最後の月の終わりである。
 
8月末には、愛媛に戻り、四国で活動する「在野の政治家」となる。従って、この「永田町イラ短日記」も、そのタイトル名や内容も、新たなものに切り替えてゆかねばならないということである。とはいえ、これからも、このイラ短表現を続けてゆきたいと思うし、もっともっと大きく飛躍するものにしたいと思う。ただ、「永田町イラ短日記」という名では、この一枚が最後になるのである。
 
これから、私の新しい人生に合わせて、このコーナーも刷新したいと思う。

長い間のお付き合いに、まず御礼申し上げる次第である。

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月日経て 出会いは何を 残せしか 人の心に 光宿せしか

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夜、東京OAK・TREEフォレストの会員交流会を、屋形船を使って行った。これが実質的なお別れ会ということで、40名余りの人たちが来て下さった。有難いことである。
 
船の窓から外の景色を眺めていると、当然のことだが、次々に夜景が変わってゆく。それが私には時の流れを象徴しているように思えた。考えてみれば、私は、東京での16年余の間、時の流れの中に身を委ねながら働いてきた。色々な人と出会い、共に何かを行い、そして別れていった。その集積が、これまでの政治人生であった気がする。
 
船の中では、色々なことを語った。そして、希望者には、その場でイラ短を描いてプレゼントをした。その時、各々の人生の中で、私との出会いは何を残したののだろうかと思い続けていたのである。

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成人が 18歳か 20歳(はたち)かに まず問われるは 自身の自覚

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法制審議会の民法成年年齢部会が、成人の年齢を18歳からとするのが妥当という最終報告書を提出した。各種選挙の投票権や契約を巡る権利等について、大人として認定する年齢を20歳から18歳に引き下げようというものである。
 
しかし、違和感があったのが、テレビで18歳の若者たちにインタビューをしている返答。自分はまだ子どものままでいたいと答えていることであった。そして、テレビ画面に映った姿が、何とも子どもっぽいのである。
 
立場が人を作るという言葉もあるから、実際に18歳という年齢で大人の権利を与えられ、また世間も大人としての振る舞いを期待するようになれば、段々とこのギャップが狭くなってくるのかもしれない。それにしても、日本の若者の自覚がまず必要だということだ。

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師道こそ 子供の瞳を 輝かす 信じ敬して 子供は育つ

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終日、都内の挨拶回りを行う。この中で特記すべきことは、朝9時から武道館で行われた全日本少年剣道錬成大会であった。全国各地の少年剣士が、武道館のフロア一杯に集まっていて、盛大な開会式であった。
 
私が、いつも、このような武道大会に行って感じるのは、こどもたちの目がとても輝いていることである。それはよく、目前の勝負に勝つという具体的な目標を持っているせいだと言われることがあるが、それだけではあるまい。勝負だけなら、他のスポーツでも同じである。恐らくは、武道の師が、信頼と尊敬の中で、人間の生き方・考え方をきちんと教え、伝えているせいではないかと思う。師道の大切さを思った次第。

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挨拶に 訪ねし家の 団欒に 若き時代の 走馬灯見ゆ

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昼過ぎから、神奈川県の挨拶回り。これまでお世話になった人たちのところを次々に回った。昨年亡くなられた森清先生の御霊前にお参りしたり、昔私が学んだ松下政経塾での意見交換もこの機に行った。
 
夜は、昔、工場実習時に松下電送湘南事業所で事業部長をしておられ、大変お世話になった山本さんのお宅を訪れる。一家みんなで歓迎してくれて、夕食まで頂いた。奥さんは、病気で車イス生活をしておられたが、心を尽くしたお話をして下さった。もうこの実習の頃からすると、30年近くなる。人情の暖かさ、豊かさを改めて感じた。時計が、一気に若かった頃に戻った気がした一時に、私は走馬燈を見ている気がしたのであった。

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